仏教はいつ、誰が始めたの?〜2500年前、すべてを手にした王子の「家出」から始まった壮大な物語〜No.2


もし今、あなたが100億円の資産と、誰もが羨む地位、そして最高の家族を手に入れたとしたら、悩みはすべて消えると思いますか?

「そりゃあ消えるでしょ!」と思った方、多いのではないでしょうか。私だってそう思います。お金があれば欲しいものが買える。地位があれば周囲から尊敬される。愛する家族がいれば心が満たされる。これ以上、何を望むというのでしょう。

ところが今から約2500年前、そのすべてを手にしていながら、不安でたまらなくなって夜中に家出した男がいました。

それが、仏教の創始者・お釈迦様です。

「え?そんなに恵まれていたのに家出?」と思いますよね。

しかも、生まれたばかりの赤ちゃんと美しい妻を残して、真夜中にこっそりお城を出て行ったというのです。

今回は「仏教はいつ、誰が始めたのか?」という仏教のルーツについて、わかりやすく解説していきます。

この記事を読むと、仏教が「遠い世界の神秘的な話」ではなく、実は私たちの生活の中にある「ありふれた悩み」から生まれたものだということが、きっと身近に感じられるようになるはずです。仏教に興味がなかった方も、この物語を知ればきっと「へえ、そうだったのか」と驚かれるでしょう。


この記事でわかること

  • 「仏教」という言葉の本当の意味と、他の宗教との決定的な違い
  • お釈迦様の名前の秘密と、意外すぎる由来
  • 王子時代のハイスペックぶりと、完璧な環境で育った青年の苦悩
  • 四門出遊(しもんしゅつゆう)のエピソードと、その深い意味
  • なぜすべてを捨てて「家出」することになったのか、その心の葛藤
  • 私たちの人生に活かせる、仏教誕生のヒント

目次

「仏教」という言葉の本当の意味
〜他の宗教との決定的な違い〜

まず最初に、「仏教」という言葉そのものの意味から整理してみましょう。これを知っているかどうかで、仏教に対する理解がまったく変わってきます。

「仏教」と聞いて、多くの方は「仏様の教え」だと思うのではないでしょうか。それは半分正解です。確かに仏教は、仏様(=お釈迦様)が説いた教え。

しかし、仏教にはもうひとつ大切な意味があります。

それは「仏様になるための教え」ということです。

「えっ、仏様になる?」と驚く方もいるかもしれません。そもそも仏様って神様みたいな存在じゃないの?人間がなれるものなの?

日本ではよく、亡くなった方のことを「仏さん」と呼びますよね。「おじいちゃんが仏さんになった」なんて言い方をします。だから、仏様=死後の存在、あの世の住人だと思っている人も多いでしょう。

でも、本来の意味は違います。「仏(ブッダ)」とは、サンスクリット語で「目覚めた人」「真理に気づいた人」という意味なのです。

つまり仏教とは、生きているうちに「目覚めた人」になるための実践マニュアルなのです。死んでから仏様になるのではなく、生きている今、この瞬間に目覚めることを目指す。それが本来の仏教の姿です。

仏教が他の宗教と違うユニークなポイント

ここで、キリスト教と比較してみるとわかりやすいかもしれません。

キリスト教は「キリストの教え」です。イエス・キリストは神の子であり、私たち人間とは本質的に異なる存在です。私たちがキリストと同じ存在になることは、基本的に想定されていません。

イスラム教でも、預言者ムハンマドは最後の預言者であり、私たちが預言者になることはありません。

ところが仏教は違います。お釈迦様自身が、「私がたどった道を、あなたたちもたどることができる」と説いているのです。

やり方さえマスターすれば、誰でも仏になれるという、非常にユニークな教えなのです。

料理のレシピに例えるなら、キリスト教やイスラム教は「一流シェフが作った最高の料理を味わい、その素晴らしさに感謝する」のに対し、仏教は「そのシェフと同じ技術を身につけて、自分でも最高の料理を作れるようになる」という感じでしょうか。

あるいは、スポーツで例えるなら、他の宗教は「偉大な選手のプレーを見て感動し、応援する」のに対し、仏教は「その選手と同じレベルの技術を習得して、自分もフィールドに立つ」ことを目指すのです。

この「誰でも目覚めることができる」「創始者と同じ境地に達することができる」という考え方は、仏教の最も重要な特徴のひとつです。だからこそ、お釈迦様の人生を学ぶことには大きな意味があります。彼がどのように悩み、どのように答えを見つけたのかを知ることは、私たち自身の人生の参考になるからです。


お釈迦様の名前の秘密〜「ヤマトさん」と同じ仕組み〜

さて、ここからは仏教を始めた主人公についてお話ししましょう。難しい話は一度忘れて、一人の人間の物語として聞いてください。

今から約2500年前、現在のインドとネパールの国境付近にあった「カピラヴァストゥ」という小国に、一人の王子様が生まれました。

この国は「シャカ族(釈迦族)」という部族が治めていた小さな国で、大国のコーサラ国の属国でした。決して大きな国ではありませんでしたが、王族としての誇りを持った人々が暮らしていました。

そこに生まれた王子の本名は「ゴータマ・シッダールタ」といいます。パーリ語では「ゴータマ・シッダッタ」とも表記されます。

「あれ?お釈迦様じゃないの?」と思った方、するどいですね。

実は「お釈迦様」は本名ではないのです。これは多くの人が勘違いしているポイントです。

これ、現代の私たちの生活で例えると「ヤマトさん」「ヤクルトさん」と同じ仕組みなんですよ。

宅配便で考える「お釈迦様」の呼び名

たとえば、あなたの家の前に黒猫のトラックが止まって、ドライバーさんが荷物を届けに来たとしましょう。

「あ、ヤマトさん来たよ」

こんなふうに言いますよね。でも、そのドライバーさんの名字が「ヤマト」であることはまずありません。田中さんかもしれないし、鈴木さんかもしれない。会社名や所属している団体名で呼んでいるだけです。

同じように、「ヤクルトのお姉さん」のことを「ヤクルトさん」と呼んだり、佐川急便の人を「佐川さん」と呼んだりしますよね。

お釈迦様も同じなのです。

彼は「シャカ族(釈迦族)」という部族の王子様でした。だから、彼が悟りを開いて偉大な聖者となった後、みんなが親しみと尊敬を込めて「シャカ族の聖者(シャカムニ=釈迦牟尼)」と呼ぶようになったのです。

「釈迦牟尼(しゃかむに)」の「牟尼」は「聖者」という意味。それを日本では「お釈迦様」「釈尊(しゃくそん)」と呼ぶようになりました。

つまり「お釈迦様」というのは、「ヤクルトのお姉さん」を「ヤクルトさん」と呼ぶような、親愛の情がこもったニックネームだったんですね。

「ブッダ」は最高の称号

ちなみに「ブッダ」という呼び方も有名ですよね。手塚治虫の漫画のタイトルにもなっています。

これは「真理に目覚めた人」「悟った人」という意味の、最高ランクの称号です。サンスクリット語の「ブッド(目覚める)」という動詞から派生した言葉で、「目覚めた者」を意味します。

学校で尊敬する先生のことを「恩師」と呼んだりしますよね。でも「恩師」と呼べる先生は一人だけではないはずです。小学校の恩師、中学校の恩師、習い事の恩師…。複数いてもおかしくありません。

同じように、本来は「目覚めた人」はみんな「ブッダ」と呼ばれてもいいのです。仏教では過去にも未来にも多くのブッダがいるとされています。

しかし、ゴータマ・シッダールタがあまりにも偉大だったので、「ブッダといえばあの人だよね」ということで、彼の代名詞になりました。今では「ブッダ」と言えばお釈迦様を指すのが一般的です。

本名「ゴータマ・シッダールタ」の意味

せっかくなので、本名の意味も見てみましょう。名前の意味を知ると、その人への理解が深まりますよね。

「ゴータマ」は姓(家の名前)で、「最上の牛」という意味があります。当時のインドでは牛は神聖な動物とされており、農業の要でもありました。「ゴータマ」という姓は、とても名誉ある家系であることを示していました。

「シッダールタ」は名前で、「目的を達成する者」「すべてを成就する者」という意味があります。漢訳では「悉達多(しったった)」や「一切義成就」と訳されています。

つまり、「最上の牛の家に生まれた、すべてを成就する者」という、とても縁起のいい名前だったのです。両親がどれだけこの子に期待していたかが伝わってきますね。

ただし、この「シッダールタ」という名前が本当に幼名だったかどうかは、学術的には議論があります。「目的を達成する者」という意味から、後に悟りを開いた後につけられた名前かもしれないという説もあります。いずれにせよ、彼が「すべてを成就した」ことは間違いありません。


超ハイスペック王子!シッダールタの意外な素顔

「仏教の創始者」と聞いて、どんなイメージを持ちますか?

痩せ細った修行僧?髭を蓄えた哲学者?静かに瞑想する白髪の老人?

お寺にある仏像のイメージから、そんな姿を想像する人が多いかもしれません。

ところが、若き日のシッダールタは「超ハイスペック男子」だったのです。これは仏典にしっかり記録されている事実です。

文武両道のイケメン王子

仏典の記録によると、シッダールタは背が高く、誰もが見惚れるような美しい容姿の持ち主でした。仏教では「三十二相」といって、ブッダの身体的特徴が32個挙げられていますが、それらはすべて理想的な美しさを表しています。

しかも文武両道。武術の腕前もプロ級だったのです。

「お釈迦様が武術?想像できない!」

そう思う方も多いでしょう。でも、当時のクシャトリヤ(王族・武士階級)として生まれた以上、武術は必須の教養でした。現代で言えば、王子様が乗馬やフェンシングを習うようなものです。

伝説によると、シッダールタは結婚相手を決めるための武術大会に出場して優勝したといわれています。

弓術の大会では、誰も引けないような強弓を軽々と引いて、はるか遠くの的を射抜いたとか。相撲や剣術でも他の王子たちを圧倒したとか。

現代で例えるなら、「代々続く名門の御曹司で、モデル並みのルックスを持ち、オリンピック選手級の運動神経があり、かつ東大を首席で卒業した」みたいな感じでしょうか。

まさに「完璧」としか言いようのない存在だったのです。「なにそれ、ずるい」と言いたくなりますよね。

父王が作り上げた「完璧な世界」

シッダールタの父親は、浄飯王(シュッドーダナ)といいます。「浄飯」は「きよらかな飯」つまり「白米」を意味し、稲作を中心とした裕福な一族であったことがうかがえます。

息子が生まれたとき、浄飯王はアシタ仙人という聖者に占いを依頼しました。

仙人の予言はこうでした。

「この子は将来、世界を統べる偉大な転輪聖王になるか、あるいは偉大な宗教者になるでしょう」

浄飯王は当然、息子に王位を継がせたいと思いました。偉大な王になってくれれば、国は繁栄し、自分の名も歴史に残る。しかし、宗教者になってしまったら…出家して城を出て行ってしまう。

そこで浄飯王は、なんとか息子に出家を思い立たせないようにしようと考えました。

その方法が、宮殿の中を徹底的に「浄化」することでした。

宮殿にいる使用人は全員、若くて健康な人たちだけ。少しでも体調が悪そうな人や、年老いた人は、シッダールタの目に触れないように遠ざけられました。

美しい庭園、豪華な食事、美しい音楽と踊り…。季節ごとに別々の宮殿を用意し、春夏秋冬それぞれに快適な環境を整えました。

老いも病も死もない、永遠の若さのユートピアが、そこには作り上げられていたのです。

まるで現代のテーマパークのように、「嫌なこと」「悲しいこと」をすべて排除した夢の国。シッダールタは、その中で何不自由なく育ちました。


四門出遊〜真実との衝撃的な出会い〜

しかし、そんな「嘘の平和」は長くは続きませんでした。

仏教には「四門出遊(しもんしゅつゆう)」という有名なエピソードがあります。

これは、シッダールタが城の東西南北の4つの門から外出し、それぞれの場所で人生の真実と出会うという物語です。仏典によって細部は異なりますが、最も広く伝わっている内容をご紹介しましょう。

東門で出会った「老人」

ある日、シッダールタは東の門から城の外に出かけました。

父王は外出を止めることができなかったので、せめて道中から老人や病人を遠ざけるよう命じていました。しかし、すべてを隠し通すことはできません。

シッダールタは初めて、腰が曲がり、杖をついてよろよろと歩く老人の姿を目にしました。

「あれは何ですか?」

シッダールタは従者に尋ねました。宮殿の中で若くて健康な人しか見たことがなかった彼には、老いた姿が理解できなかったのです。

「あれは老人でございます。人は年を取ると、あのような姿になるのです」

「誰でもあのようになるのですか?」

「はい、どなたでも。王様も、あなた様も、いずれ必ず…」

「私もあのようになるのですか?」

「はい。どんなに若くて元気な方も、いずれ必ず年を取り、あのように衰えていくのです」

シッダールタは深い衝撃を受け、その日は宮殿に引き返しました。

南門で出会った「病人」

また別の日、南の門から出かけると、道端でうずくまり、苦しそうにうめいている人を見かけました。

「あれは何ですか?」

「あれは病人でございます。人は時として病にかかり、あのように苦しむのです」

「私も病気になることがあるのですか?」

「はい、どなたでも。病は身分や財産に関係なく、誰にでも襲いかかります」

西門で出会った「死者」

さらに西の門から出ると、葬列が通りかかりました。

人々は泣きながら、動かなくなった人を運んでいます。白い布に包まれた遺体を、家族が悲しみに暮れながら見送っていました。

「あれは何ですか?」

「あれは亡くなった方でございます。人はいつか必ず、死を迎えるのです」

「すべての人が死ぬのですか?」

「はい、命あるものは必ず。王様も、あなた様も、私も…」

「私も…死ぬのですか?」

「はい、必ず」

北門で出会った「修行者」

老い、病、死という人生の厳しい現実を目の当たりにしたシッダールタ。

宮殿で何不自由なく暮らしていても、いずれは老い、病み、死んでいく。今笑っている美女も、いつかはシワだらけになる。今力強い自分も、いずれは衰えていく。そして最後には、誰もがこの世から消えてなくなる。

「では、私が今持っているものに、いったい何の意味があるのだろう…」

そして最後に北の門から出たとき、そこで出会ったのは、穏やかな表情で歩く修行者の姿でした。

質素な衣をまとい、托鉢の鉢を持ち、それでいて晴れやかな顔をしている。

「あの方は何をしているのですか?」

「あれは出家した修行者でございます。世俗の生活を離れ、人生の真理を求めて修行をしている方です」

その清らかで落ち着いた姿に、シッダールタは深く心を動かされました。

「老・病・死を超える道があるかもしれない。私もあの道を行こう」

四門出遊が私たちに教えてくれること

この四門出遊の物語は、後の時代に作られた伝説だという説もあります。すべてが史実とは限りません。

しかし大切なのは、この物語が伝えようとしているメッセージです。

私たちは普段、「老い」「病」「死」から目を背けて生きています。

「自分はまだ若いから」「今は健康だから」「死ぬのはまだまだ先だから」

テレビを見ていても、街を歩いていても、老人や病人のことはなるべく見ないようにしている。死については考えないようにしている。

浄飯王がシッダールタを宮殿の中に閉じ込めようとしたように、私たちも「見たくない現実」から自分を守る壁を作っています。

でも、その壁はいつか必ず崩れます。

シッダールタは、その厳しい現実を正面から見つめることで、「では、どう生きるべきか」という問いに向き合ったのです。

仏教は「生老病死」という人生の避けられない苦しみを出発点として生まれた教えなのです。


深夜の家出〜すべてを捨てる決意〜

四門出遊の後、シッダールタの心に大きな変化が起きました。

今まで幸せだと思っていた宮殿の暮らしが、急に色あせて見えるようになったのです。

幸せの絶頂で気づいた「虚しさ」

「今、目の前で笑っている美女も、いつかは肌にシワが寄り、腰が曲がり、目が見えなくなる日が来る」

「僕自身も、今はこうして力強く弓を引けるけれど、いつかは指が震え、自分の体を支えることすらできなくなる」

「そして最後には、この命は跡形もなく消えてしまう…」

今の私たちに例えるなら、こんな感覚でしょうか。

最高級のタワーマンションに住んで、預金もたっぷりあって、健康そのもの。美しいパートナーがいて、可愛い子どもがいて、仕事も順調。

でも、ふと夜中に目が覚めて、天井を見つめながら思う。

「これだけ積み上げても、死ぬときは1円も持っていけない。この体もいつかは朽ちる。それなら、今の頑張りには一体何が残るんだろう?」

幸せの絶頂にいるときに、ふと「これ、全部いつか終わるんだ」って虚しくなる感じ。

シッダールタは、「全部」持っていたからこそ、「全部失う」という恐怖が逃げ場のない絶望になったのです。

彼はお城の贅沢を「嘘っぱちだ」と言い切りました。

「死んでからどうなるか」を怖がったのではありません。「死という終わりに向かって生きている」という、人間の生き方そのものの矛盾が、彼には許せなかったのです。

息子ラーフラの誕生

そんな悩みを抱えていた29歳のある日、シッダールタに息子が生まれました。

シッダールタは16歳でヤショーダラー姫と結婚しており、待望の跡継ぎの誕生でした。

父の浄飯王は大喜びしました。「これで息子も家庭に愛着を持ち、出家など考えなくなるだろう」と。

しかし、シッダールタは息子の誕生を聞いて、こうつぶやいたと伝えられています。

「ラーフラ(障り・束縛)が生まれた」

そして、その子に「ラーフラ(羅睺羅)」という名前をつけました。

「ラーフラ」という言葉には複数の解釈があります。「障害」「束縛」という意味のほか、日食や月食を起こす魔神ラーフを指すという説もあります。インド文化圏では実は珍しくない名前で、「かっこいい名前」として捉える見方もあるようです。

しかし、伝統的な仏典の解釈では、シッダールタが「真理を求める修行の妨げになる者が生まれた」という意味を込めたとされています。

「なんてひどい名前をつけるんだ」と思われるかもしれません。

しかし、これは裏を返せば、わが子への愛情がそれほど深かったということでもあります。

「この子がかわいくてたまらない。だからこそ、真理を求める道の障害になってしまう」という、苦しい胸の内が見えてきます。

29歳の夜、城を出る

そして、ついにその夜がやってきました。

みんなが寝静まった深夜。シッダールタは愛馬カンタカにまたがり、従者のチャンダカ(車匿)を一人だけ連れて、静かにお城の門を越えました。

仏典によると、このとき帝釈天などの神々が城門を開き、馬の蹄の音が響かないように手助けしたと伝えられています。眠っている妻子を最後に見つめ、しかし起こすことなく、彼は去っていきました。

城を出たシッダールタは、自分の豪華な服を脱ぎ捨て、通りがかりの狩人が着ていた粗末な服と交換してもらいました。

そして、自らの長い髪をバッサリと切り落としたのです。

「地位も、名誉も、家族も、全部いらない。それらを持っていても解決できない『老・病・死』という問題の答えを、裸の心で探しに行く」

これが、仏教という物語の本当のスタートラインです。

自分の人生にリセットボタンを押すような、凄まじい覚悟。でも、彼は自暴自棄になったわけではありません。


なぜ「家出」は無責任ではなかったのか

ここまで読んで、「でも、家族を捨てるなんて無責任じゃないの?」と思った方もいるかもしれません。

現代の価値観で考えれば、その疑問はもっともです。生まれたばかりの赤ちゃんを残して出て行くなんて、ひどい父親だと非難されても仕方がないように思えます。

しかし、いくつかの視点から考えてみましょう。

当時のインドの文化的背景

まず、当時のインドでは、人生の後半で出家するという風習がありました。これは「アーシュラマ」と呼ばれる人生の四段階のうち、最終段階として出家・遊行生活を送ることが理想とされていたのです。

子どもを育て上げた後に、精神的な探求に向かう人は珍しくありませんでした。シッダールタの場合は少し早かったかもしれませんが、出家そのものは社会的に認められた選択肢だったのです。

王族としての跡継ぎ問題

また、シッダールタは王族の長男として、すでに息子をもうけていました。息子のラーフラがいれば、国の跡継ぎ問題は解決しています。残された家族は、王宮の中で何不自由なく暮らすことができました。

より大きな目的のための犠牲

そして最も重要なのは、シッダールタの動機です。

彼は自暴自棄になって逃げ出したわけではありません。

「何があっても、何歳になっても、死に直面しても壊れない本当の安らぎ」を見つけたかった。

その「答え」を見つけることは、自分だけでなく、すべての人を救うことになる

そんな強い使命感が、彼の「家出」を支えていたのです。

一人の家族を捨てることで、何億人もの人を救う道を開く。それは単純な「無責任」とは違う、大きな責任の取り方だったとも言えるでしょう。

後日談:息子ラーフラとの再会

そして実際、シッダールタは35歳で悟りを開き、その後45年間にわたって人々に教えを説き続けました。

悟りを開いた後、彼は故郷のカピラヴァストゥに戻りました。そのとき、息子のラーフラは7歳(または9歳とも)になっていました。

母のヤショーダラー姫は、ラーフラにこう言ったと伝えられています。

「ほら、あそこを歩いている、誰よりも気高く輝いて見えるお方が、あなたの父ですよ。行って、財産をくださいと言いなさい」

ラーフラが父のもとに行き、「財産をください」と言うと、ブッダはこう答えました。

「よろしい、お前に永遠に減ることのない財産を与えよう」

そしてラーフラを出家させ、弟子としたのです。

ラーフラは後に釈迦の十大弟子の一人となり、「密行第一」と称されるまでになりました。戒律を厳格に守り、黙々と修行に励んだ彼は、父から最高の「財産」を受け継いだと言えるでしょう。


仏教誕生の物語が私たちに教えてくれること

ここまで、お釈迦様の生い立ちから出家までの物語を見てきました。

最後に、この物語から私たちが学べることを整理してみましょう。

1. 外側の幸せには限界がある

シッダールタは、お金も地位も名誉も家族も、すべてを持っていました。

それでも心の平安を得られなかったのです。

これは「外側のものをいくら積み上げても、それだけでは本当の幸せにはならない」ということを教えてくれています。

もちろん、お金や健康や人間関係は大切です。それらがあれば生活は楽になりますし、喜びも増えます。

でも、それだけに頼っていると、いつか必ず失ったときに心が折れてしまいます。仕事を失ったら?健康を失ったら?大切な人を失ったら?

外側の条件に依存しない、内側からの安らぎ。それを見つけることが、本当の意味での幸せなのかもしれません。

2. 「見たくない現実」を見る勇気

四門出遊の物語は、「老い」「病」「死」という、誰もが目を背けたくなる現実と向き合うことの大切さを教えてくれます。

私たちは普段、これらのことを考えないようにして生きています。

「まだ若いから関係ない」「今は健康だから大丈夫」「死ぬことなんて考えたくない」

でも、いつかは必ず自分にもやってくる。その現実を受け入れた上で「では、どう生きるか」を考えることが、仏教の出発点なのです。

見たくないものを見ないふりをしていても、それは消えてなくなりません。むしろ、正面から向き合うことで、初めて本当の解決策が見えてきます。

3. 答えは必ずある

シッダールタが北門で修行者に出会ったとき、彼は希望を見出しました。

「老・病・死を超える道があるかもしれない」

そして実際に、彼は6年の修行の末に「答え」を見つけました。

どんなものを失っても、人は必ず幸せになれる。

お釈迦様が証明してくれたこの事実は、2500年後の今を生きる私たちにとっても、大きな希望になるのではないでしょうか。


まとめ:仏教は「人間の悩み」から生まれた

今回の内容を振り返ってみましょう。

  • 仏教は「仏様の教え」であると同時に「仏様になるための教え」
  • 「お釈迦様」は本名ではなく、シャカ族の聖者という意味
  • 本名は「ゴータマ・シッダールタ」で、約2500年前に実在した人物
  • 若き日のシッダールタは超ハイスペックな王子だった
  • 四門出遊で「老・病・死」という人生の真実と出会った
  • 29歳の夜、すべてを捨てて「家出」し、真理を求める旅に出た

仏教は、遠い世界の神秘的な話ではありません。

2500年前の一人の若者が、「老いたくない」「病気になりたくない」「死にたくない」という、私たちと同じ悩みを抱えたところから始まったのです。

彼が特別だったのは、その悩みから逃げずに正面から向き合い、答えを見つけるまで諦めなかったこと。そして見つけた答えを、すべての人と分かち合おうとしたことです。

次回は、家出したお釈迦様がどのような修行を経て悟りを開いたのか、その続きをお伝えします。


今週の宿題:あなたの「幸せの源」を見つめてみよう

最後に、ちょっとした宿題を出させてください。

「今、私を幸せにしているものは何だろう?」

今週、ふとした瞬間にこう考えてみてください。

  • もし今、住む家がなくなったら?
  • もし、大切な家族がいなくなってしまったら?
  • もし、仕事がなくなってお金が入ってこなくなったら?
  • もし、健康を失ってしまったら?

少し暗い気持ちになるかもしれません。でも、大丈夫です。

お釈迦様が証明してくれたのは、どんなものを失っても、人は必ず幸せになれるということなのですから。

これは、お釈迦様がお城を出たときの気持ちを、ほんの少し体験してみる練習です。

外側の鎧を脱いだときに残る、自分の「本当の心」に目を向ける。

それが、仏教を学ぶ第一歩です。

ぜひやってみてください。そして、何か気づいたことがあれば、心に留めておいてくださいね。


訪問供養専門僧侶 恒純

Podcast「今日からはじめる仏教1年生」

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